コンサルタントからキャリアコンサルタント+デジタルマーケッターの複業へ

身近にいそうな誰かの人生観をはじめとしたキャリアストーリーをお届けするインタビュー記事。初回は、CAREER PLANTSのディレクターで、本サービスの登録キャリアコンサルタントの関島達矢さんを紹介する。強い決意を持って何かに取り組むタイプではない中、転職、新サービスのリリースなど、精力的に活動する原動力や心の変化を、学生時代から振り返っていただいた。

 

前向きになれたきっかけ高校での「クリスマス事件」

 

小さいころから勉強は好きでしたね。数学や国語が得意で、苦手だった社会をそれ以外の科目でカバーする感じ。中学校は母親の勧めもあって私立を受験しました。高校でまた受験したくなかったので、中高一貫校の桐光学園だけに絞って無事に入学。大学の附属校も考えていましたが、「惰性で過ごす人生に価値などない!」と親に言われて断念しました(笑)。

 

高校生活は楽しかったですね。テニス部ではレギュラーとして試合にも出てましたし、先生や友達ともうまくやっていたつもりです。とはいえ基本的には「人見知り」で、誰と登下校すれば一番楽しいかなんてことをいつも考えてました。仲がいい固定メンバーはいたけど、クラスの仲良しとは部活が違うし、テニス部の友達は垢抜けた人が多かったんでものすごく仲良しというわけでなく……。

 

それが変わったのが高1の冬。クリスマスに友達と遊ぶ予定だったんですが、たまたまある女の子とデートみたいなシチュエーションになってしまって、これまたラブホ街を通りがかったところをたまたま友達に見られて一気に“チャラい人”というイメージが広まったことがありました。

 

やいのやいの学校では言われましたけど逆に踏ん切れて、それ以前と比べてずいぶん明るい性格になったように思います。人生を前向きに考えられるようになったきっかけの一つとして、自分の中で消化しています(笑)。

 

 

可能性を狭めず、進む方向を見極める大学時代

 

高校2年で文系・理系を選ぶとき、本当は海外との架け橋ってかっこいいなと思い外交官に興味があって文系に行きたかったのですが、歴史が苦手で数学と物理が得意ということもあり、文系選択を諦めて仕方なく理系を選択しました。まわりの友達や先生からも、当然理系に進むよね?という風に思われていて、流されていく形だった気がします。後悔はしていないですが、文系に進んでいたらまた違う人生があったかもなぁ・・・と思うことはあります。

 

大学受験を意識し始めたのはそのころですね。模試の成績は割とよかったし、先生からも背中を押されて受けた高3夏の東大模試でA判定。一番いいとされている大学だから、という理由だけで東大を目指していましたが、本番の試験では上手くいかず失敗。結果的に早稲田大学の基幹理工学部に進学しました。

 

早稲田大学を選択したのは、親が好きだったということもありますが、正直やりたいことが全く思いつかなかったので、大学に入学してから学科を選べる大学に行きたく、それができるのが早稲田の基幹理工学部だったため選択しました。

 

必修が多くて大学生活はとにかく忙しかったですね。テニスサークルにも入りましたが、お酒が飲めなかったのでそこまで馴染めず、サークルとは別で仲良くなった友達と旅行するなど新しい趣味を持つようになりました。

 

大学3年のとき、就職活動の雰囲気を味わうために少しだけやってみましたが、興味がある会社と出会えずに断念。結構な大手もまわったんですけど、どこの会社も会った人が楽しそうに仕事をしていなかったので、このタイミングで焦らなくてもきっと大丈夫だと判断して大学院に進むことにしました。

 

当初はSE以外の選択肢が思い浮かばなかったんですが、自分にできるのか?ということがとても不安だったので、試しにやってみよう!と思い、1年間小さい会社でSEのインターンシップをやらせてもらいました。

 

インターンシップ自体は頑張ってやっていて楽しかったのですが、どうしてもプログラミングを好きかと言われるとそうではないなぁ・・・と思う自分がいて。もしかしてSE向いてないかも?とこの頃から明確に感じ始めました。

 

でも、そうすると他にやりたい仕事なんだっけ???と思った時に全く思い浮かばなくなってしまいました。これはまずい、やりたい仕事が無いんじゃどうやって働いていけばいいか、生きていけばわかんない!そう思ったので非常に焦り、大学院に進んだ直後の5月から、急いで就活を始めました。会社情報を集めつつ、面接対策をやりながら自分がどこを目指しているのか、その前段階として何に興味があるのかを探っていきました。

 

これからの時代、自分で考えて自分で仕事を創出していくことが重要になると確信していたことからベンチャー系のコンサルタントに絞り始めました。いろいろな部分が凝り固まってないベンチャー企業なら、業務スキルだけでなく組織を見る上でいろいろな経験を積めると思いましたし、そんな環境でクライアント企業の抱える課題を解決するコンサルタントという立場に強く興味を持ったんです。

 

 

 

“いま”しかできないことを選択した、コンサルタント時代

 

結果的に2社から内定をもらいました。決め手はお酒を強要されなさそうだったから(笑)。入社後しばらくは、WebサイトのUI改善やWeb経由での申し込みを増やしてコンバージョンを上げるための課題解決にコンサルタントとして関わりました。プロジェクトはマネージャーと自分の2人だけで進めるため裁量が大きく、やりがいはありましたね。激務で体力的なしんどさはあったけど、辞めたいと思うことはなかったです。

 

クライアントやユーザーの笑顔、「ありがとう」の言葉がモチベーションとなったのはもちろん、2年目にプロジェクト表彰されて周囲から評価されたのは本当にうれしかったです。自分より優秀な人間に認められたことが純粋にうれしかった。退職前最後のプロジェクトは取締役と進めたプロジェクトで、成果も非常に出たため強く記憶に残っていいます。

 

入社3年目のときにCAREER PLANTS コーディネーターの希代さんと出会うわけですが、当初から「起業!」というキーワードが前面に出ていたのがインパクトがありました。将来の選択肢が増えること、これまでとはまったく違う仕事にチャレンジできることにメリットを感じましたし、キャリアコンサルタントという取り組みが面白いと思っていました。

 

これが26歳のとき。「30歳で本格的に起業に力を入れる」と仮決めしたため、サラリーマンは残り4,5年と設定して、人のキャリアをサポートするなら他の会社も経験しなければと転職を決意。外資大手のコンサルティング会社にコンサルタントとして入社することにしました。

 

昇進のタイミングまでは辞めるつもりはなく、がむしゃらに働いていました。金融・人材・IT・小売など幅広い業界のプロジェクトを経験し、1社目では経験できないようなWeb以外での業務にコンサルタントとして携わることができて視野が広がりましたが、2年目のときに大手メーカーのデジタルマーケティング部に誘われました。

 

コンサルタントとして働くのはいまでなくともできる。大手メーカーへの転職は、20代のいましかできない……将来選べない選択に関しては、いまのうちにやっておいた方がいいというのが決断の理由ですね。日系の事業会社で働いたことがなかったため、その経験を得たかったというのも大きかったです。

 

 

これからに活きる、小さな柱をいくつも建てて生きたい将来

 

現在は社内のデジタル人材育成を担当しています。社員研修の組み立てや学習文化の醸成など、自分の仕事が人の成長に直結しているのが純粋に楽しいです。コンサルタントとしての要素もあるため、過去の経験を活かせている実感もあります。

 

僕自身、強い決意みたいなものがないんです。基本的にはその場の流れに身をまかせるスタンス……というと後ろ向きに聞こえるかもしれませんが、何事も一回経験すればなんにでも応用できるようになると思うんです。いまは選択肢を絞らない時期かなと。仕事を続けながら、プライベートの時間でいろいろな活動を進めていきたいと思っています。

 

ゆくゆくの幅を広げるという意味では、行動の軸となる“小さな柱”を増やしていきたいですね。キャリアコンサルタントとして、またユーザーインタビュー、資料作成能力などを、仕事を請け負えるレベルにまで少しずつ伸ばしていきたい。ゆくゆくは、大学での講師活動にも挑戦してみたいですね。

 

そうした小さな柱の一つとして、『CAREER PLANTS』というサービスを軌道に乗せたいと思っています。キャリアに関する相談をしたい人、相談にのりたいと思っている人、双方のニーズを満たしながら、結果として自分のキャリアを“自分ごと”として進めていける、そんなサービスを実現していきます。