直感を大切にし、出会いをつなげることで見出したキャリア

身近にいそうな誰かの人生観をはじめとしたキャリアストーリーをお届けするインタビュー記事。第23回は、韓国系アメリカ人として海軍勤務セキュリティエンジニアとして日本で赴任を経て、現在も同業種で日本で勤務しているクォンヨンハ(Kwon Young Ha)さん。様々なターニングポイントを直感を大切に選択し、自分のスキルを磨き続けている仕事に対する価値観や、これまでの数奇な経験を語っていただいた。

 

直感を大切にし「まずやってみる」大切さ

 

韓国系アメリカ人として米国に生まれ、白人中心のエリアで育ったこともあって、心のどこかで常にマジョリティ/マイノリティという社会の多様性を意識していたように思います。

 

大学は勉強が楽しくなくて結局中退してしまいました。その後しばらくは倉庫からレストランやパブにビールを運ぶアルバイトをしていましたが、「そんな毎日を過ごしてぐらいだったら、あらためて大学に入り直すか軍隊に入りなさい」と親に詰め寄られて、海軍に入ることを選択しました。

 

海外への憧れもありましたし、入隊したら部署によってはそういう機会もあるだろうと考えて、不安や恐れを振り払ってまずは突き進むことにしました。振り返るとこのとき自分の意思で自分の道を選んだのは大きかったですね。ただ悩み続けるよりも「まずはやってみる」という経験を得られた意味でも、重要なターニングポイントだったと思います。

 

入隊するには試験があって、どんな仕事につくかも細分化されています。私が選んだのはセキュリティエンジニアでした。父がプログラマをしていたのと、除隊した後のことを考えて“手に職”をつけるならエンジニアだろうと。

 

最初の1年はひたすらトレーニング中心の毎日でした。中でも最初の4カ月で、海軍の一員としての処し方、立ち振る舞いをすべて叩き込まれます。毎朝6時に起床。トイレ・着替え・お風呂と、すべてがルーティンのスケジュールで毎日が進みます。

 

同期は約70名いて、2段ベッドで寝食をともにしました。スーパーバイザーの指導も入りますが、映画に出てくるような鬼教官ではなく、すごく身近な存在で、生活面の相談にのってくれたり何かと支えてくれていました。

 

学生のような生活を送りながらシステム全般を学んでいたのですが、規則正しい生活にちょっとだけ反発したかったのか心がゆるんだのか、銀行口座がなくてもサインだけでお金を借りることができるものに手を出してしまい……。案の定、返済がとどこおり、軍隊に連絡が入ってしまいました。

 

除隊勧告も覚悟していましたが、直属のスーパーバイザーが本気で心配してくれて、結局その借金を肩代わりまでしてくれることに……。この恩を忘れないようにして、一人前にならないといけないという想いを強くしました。

 

 

日本への赴任、そしてスキル向上を続ける意義

 

入隊2年目を迎えて、日本に赴任することになりました。ちょうど日韓ワールドカップが開催された2002年のことです。これまで生まれ育ったアメリカと異なり、アジア系の様相が中心の日本。言語は異なるものの、強いシンパシーと安心感を抱いたのを覚えています。

 

業務は船員が使うPCのネットワーク環境整備をはじめとしたメンテナンス業務を2人で担当していました。当時船員が300人近くいただので業務量がとにかく多く、12時間の交代制で働き詰めでした。トラブルが重くなれば休憩も取れませんし、起きている時間はすべて仕事しているような中、どうしたら仕事が効率よく終えられるかをいつも考えていました。

 

Windows MEの時代で、OSが変化をとげる過渡期だったこともあり、PCが壊れ、データが消え、依頼を受けて修理をする繰り返し……。ネットでトラブルの原因を調べようにも、ネット回線がダイヤルアップの時代ですからね。時間をかけてトラブルの一つ一つを解決していきました。

 

そのうち身体にも無理がかかって体調をくずしがちに。日本での暮らしは大好きでしたが、4年ほど働いた後に退職することにしました。

 

退職後まずはアメリカに戻って、3週間ほど家族とゆっくり過ごしましたが、「再就職は日本」と決めていたので、リフレッシュした後はIT関連の資格の勉強を始めました。

 

こだわったのはその場所です。もちろんアメリカでも資格は取れますが、高額だったりトレーニング中の“誘惑”が多いので、インドのニューデリーに向かうことにしました。

 

ここではマイクロソフト認定プロフェッショナル(MCP)やデータベース、CCNAなどネットワーク系の資格を取りました。トレーニングの進行状況によっては何カ月もかかる資格取得をたったの1カ月で取得できたのは、実務経験があったことと誘惑がなく集中できる環境に自らを追いこんだのが大きかったですね。

 

 

数奇な出会いからのつながる新たなキャリア

 

資格を取った後は、「Career Cross」や「Daijob」などの海外でも有名な日本での求人サイトを利用し、東京での求人を探しました。ただ、就労条件がマッチしても雇用形態が契約社員だったり、就労ビザが取れなかったりとなかなか決まらず、落ち込むこともありました。

 

そんなある日、面接のために日本に来ていたときに、海軍時代に横須賀で一緒に働いていた友人と飲みながら就職活動の愚痴を言っていると、たまたま後ろの席にいた人がエンジニアの会社を経営していて「よかったらうちに来ないか?」と声をかけてくれました。

 

翌日、インターネットカフェからレジュメ(職務経歴書)をメールで送り、その2時間後にはオフィスで面接して条件交渉。仕事の内容はこれまでの経験を活かせる開発エンジニアですし、職場は過去に働いていた横須賀のベースキャンプ(海軍基地)内ということもあり、奇跡のような出会いからたった1日で自分に相応しい仕事をオファーされて本当に驚きました。

 

入社後半年はディエゴガルシア島(インド洋にあるイギリス領)で勤務しましたが、その後横須賀でシステムミニストレーション、シフトワーク、サーバーを見るなど、ネットワーキングチームのシステムエンジニアとして働きました。

 

この仕事は、世の中にPCを使って働く人がいる限りなくなりません。さらに米国のネットワークは大きくグローバルで9つに分かれており、各エリアでのネットワークの連携が重要になってくるため、グローバルでその連携を管理するシステムエンジニアの価値が高いのも追い風になっています。

 

勤務時間は、グローバルで連携を取れるようにエンジニアごとにシフトが組まれています。場合によっては週60時間ぐらい働いたり、時差の関係上、深夜2時にテレビ会議するようなこともありますが、毎日楽しいですよ。

 

仕事を通じて「IT関連のトラブルシューティング」という自分の得意を再確認できましたし、ユーザーの悩みをいかにシンプルに解決できるか、そのソリューションを提供することにやりがいを感じています。マネジメント経験も積めるので、キャリアという面でも価値がありますね。

 

また、大学中退という学歴のハンデキャップを克服するためにオンラインで大学の卒業資格を取り、現在大学院にオンラインで通っています。さらに最新のプログラム言語をキャッチアップするということも継続して取り組んでいます。

 

いまこの瞬間に転職したいわけではありませんが、何かあったときにいつでも自分で仕事を作れるような自分磨きを怠ることなく、準備をしておきたいですね。

 

 

今後のキャリアに向けて、さらに自分を磨く重要性

 

日本で運命できな出会いを果たし家族もできましたし、日本での生活が好きなのでここに住みたいとは思っていますが、そこまで明確に将来像を描いていません。

 

仕事面で優先しているのは、「自身のスキルに合っていて、本当にやりたい仕事なのか」という点です。妻のキャリアも考えながら、娘の将来も含めて相談していきながら決断していきたいですね。

 

あらためてこのインタビューを通してふりかえってみると、これまでの経験の中で、何が良い選択なのかわからないときは、自身の直感でピンときたことを信念を持ってやってみるのが大切だと思います。結果はどうあれ、いまは自分と家族が納得することが大事。

 

重要なのは、何をしているのか。自分にはどんなスキルがあるのか。そこからさらにプロフェッショナルとして磨けるものはあるのか──常に自分を追いこむことになりますが、周囲にインパクトを出し続けていれば、社会に必要な存在として自分の価値を証明できていると信じています。