強いWILLが無くても見出せた、自分が楽しめる仕事

身近にいそうな誰かの人生観をはじめとしたキャリアストーリーをお届けするインタビュー記事。第20回は、求人広告の営業から人事コンサルタント会社に転職してマネージャーとして勤めているゆうさん。「強いWILLを持っていない」と仰る中、どのようにして就活をし、転職して今の会社に行き着いたのか、そして仕事の面白さをどう捉えているのか、などを語っていただいた。

 

ハードな部活時代から一転、大学では議論を楽しむ学生に

 

校則が厳しい中学校に通っていた反動で、校風の自由さが評判だった高校に推薦で入学しました。

 

推薦入試の面接官がサッカー部の顧問で、「高校でもサッカーを頑張りたいです」と言ったことから入部することになりましたが、先生ともめて半年で退部することに。しばらくは部活にも入らずぶらぶらした後、あまりに暇すぎて高2の時にラグビー部に入りました。

 

スポーツの性質がサッカーと似ていますし、「ガタイがいいからラグビーでも活躍できるよ」と言われたものの、部活中心の1日はかなりハードでした。

高校3年生の夏休みの時期とかは受験との両立のため朝5時半〜8時が朝練で、9時から塾に行ってと、だいぶ忙しかったです。

 

高3の10月まで部活に打ち込んでいたこともあり、現役時代はMARCH以上の大学が全滅でした。

父親が東京理科大、兄が明治大を卒業していたので、このあたりが最低限の目標だったのも、自分にとってはハードルになっていたのかもしれません。

 

受験では、経済・経営系の学部しか受けませんでした。

理由はシンプル、世の中を動かすお金という存在に興味があったから。それで結局、1浪して立教大学の経済学部に入学、中小企業金融を専門にしている教授のゼミに入りました。

 

有名な教授だったのでなんとなく面白いことが勉強できるかなと思って入ったゼミでは、研究テーマは自由に設定することができ、CO2の排出量や京都議定書といった環境問題から、年越し派遣村などの労働・雇用問題など、幅広いテーマでいろいろな研究をしていました。

 

関連する論文を読んで、資料を集め、事実関係を整理し、今後の展望そして具体的な施策を論文にするといったコンサルタント的な研究スタイルでした。

 

また、グループで論文を作成しており、そのグループで議論するのは楽しかったです。

自分は議論を率先して進めるストライカータイプだったので、グループ内にいる批評家のディフェンダータイプのメンバーとバチバチ議論を交わしていました。議論すること自体が楽しかったです。

 

 

周囲と違う道に進んだ中で耐え抜いた営業時代

 

小学生の時から小説〜ビジネス誌まで幅広く読む活字好きだったので、就活では出版社に行きたかったのですが全滅でした。

 

なんとなく大学のOBに金融が多いこともあり、メガバンクも受けましたが全部落ちました。ゼミの同期が結構いいところに入社が決まっていたので、とりあえず受かることを先行したところ、アルバイト求人広告の営業会社に内定が決まりました。

 

仕事は飛び込みとテレアポで求人広告を提案するゴリゴリの営業スタイルで、正直かなりしんどかったです。入社して1週間は研修所にカンヅメになって、1日100〜200件アポ。1週間経ってもアポが1件もとれず、100人ぐらいいた同期の中で成績が最下位になり、かなり辛かった覚えがあります。

 

仕事の内容は、新規開拓から求人広告の作成から掲載フォロー、遅延債権回収まで一気通貫で仕事の流れを把握できたため勉強にはなりました。

 

ただ、同期も入社2年で半分ぐらいになりましたし、周りを見ていると精も根も尽き果てて辞めていくメンバーばかりで、例に漏れず自分も辛かったです。

でも、プライドだけで頑張っていました、なんとかして成果を出さなきゃと……もう、意地でした。

 

リーマンショック直後の時期で転職市場も厳しく、結果を出さなければ簡単に辞められないという不安から、とにかく必死に目の前の仕事に取り組み、2年目で営業が500人いる中で単月売上が3位になったときにようやく辞める決心がつきました。

 

 

営業から人事へのキャリアチェンジ

 

在職中から「次の仕事」を考えていたとき、仕事が採用に関わることであったことや大学時代に雇用や労働について勉強していたこともあって、『人事』をキャリアの軸にしようと考えていました。

 

その上で、営業をしながら自分自身にスキル・付加価値がないという強い課題感があったため、人事系の中で一番難しい資格の社会保険労務士を取ろうと思い勉強を始めました。結果的には合格できなかったのですが、この時期にひたすら勉強をしたのは現職でもためになっています。

 

ただ、転職活動も一筋縄ではいきませんでした。人事職種を希望していましたが、未経験だとそもそも採用をしていないことが大きかったです。

ですので、趣向を少し変え、自分の付加価値を上げることと、人事の採用業務以外の仕事を中心にしたかったため、人事コンサルタントに照準を合わせ始めました。

 

いまの会社への応募の決め手になったのは業務内容や社風、ではなく公式サイトのデザイン/使い勝手の良さです。

「コンサルティング会社でありつつ、自分のところのサイトブランディングもできない会社ってどうなのか」という会社が案外多くて。ホームページがしっかりしている現職の会社に転職を決めました。

 

 

人事コンサル会社で連続して訪れた “必死フェーズ”

 

そうして入社した人事コンサルタント会社では、面接段階から「評価制度が作りたい」という話をしていたこともあって、入社直後から制度設計チームに配属されました。人事業務における上流工程を未経験から間近で携わることができて刺激になりましたね。

 

また、コンサルタントという働き方がすごく斬新でした。コンサルの仕事はお客様の課題発見・整理から始まるわけですが、ものを買ってもらう営業と異なり、お客様を否定して、本質的な課題を指摘することもあります。お客様にない新しい知見を提供することの価値が高いわけです。

また、決められたものを販売する営業と異なり、提案の幅が広く解決のために自分で提案を新たに作り出していくプロセスも魅力的でした。

 

入社当時は単純なPCスキルからスケジュール・役割分担等のプロジェクト管理にただただ追いつくのに必死でした。

新卒を採用しない会社で、自分が中途で最年少ということもあり、ついていくのに精一杯。それでも仕事は楽しかったです。

仕事をしていて気がついたのですが、“正しいコンサルティング”のあり方なんてあってないようなものですから、課題に対する解決提案を自分で生み出すソリューション開発に夢中でした。

 

そんな中、人手不足の人事のデータ分析部署の異動になり、そのデータ分析部署のチームの先輩が退職してしまって管理職ポストが空き、結果として自分がマネージャーになってしまいました。思いがけず昇格してしまって、また次の“必死フェーズ”がスタートしました。

 

そのあたりから、人事の付加価値を高める提案をするというこれまでの業務から、メンバーのタスク管理や既存のソリューションを標準化してチーム内に横展開する組織マネジメントが主たる業務になってしまいました。

新たなコンサル手法を探ることができず、仕事の面白みは若干減りました。ただ、会社からの期待も感じますし経営層との距離も近く、辞めるという選択肢はありません。

 

 

強いWILLが無い自分に合った働き方

 

自分には強いWILLがないです。

 

求められるからまずは粛々とやる、というのが性に合っている気がします。

嫌いな仕事ではありませんし、自分が会社に欠かせないという存在価値を感じているのでモチベーションや自己肯定感は高いです。年次のわりに仕事の裁量が大きく待遇面もいいので、しばらく会社を辞めることはなさそうです。

 

今後取り組みたいテーマとしては「HRテック(テクノロジーを用いて人事に関連する課題を解決すること)」に興味があります。

いまのところは目の前の仕事をしっかり回せるようになることが先決ですが、退職者の予測、ハイパフォーマーの予測モデルなんかを作れたら面白そうですし、人間関係の見える化なんかも興味あります。

 

HRテックは日進月歩なので、新しいサービスを生み出すチャンスがまだまだあると感じています。