1冊の本との出会いと海外経験から、モノづくり→人材業界・キャリア相談者へ

身近にいそうな誰かの人生観をはじめとしたキャリアストーリーをお届けするインタビュー記事。第四回は、人材系企業でパラレルキャリアを体現し、本サービスの登録キャリアコンサルタント(メンター)でもある山本健太郎さん。様々な転機で、本当に自分が求めていることは何か気づいていった過程を、学生時代の経験、人材系企業への転職を経てパラレルキャリアを歩むに至った動機や、キャリアカウンセリングの魅力について語っていただいた。

 

高校のときから感じた「微生物っておもしろい」

 

両親の出身だったこともあって、生物になんとなく興味があり農学部に進学しました。

専攻については高校生のときに読んだ本で、微生物は遺伝子改変で、例えばウランを濃縮するといった夢のような能力をたった一晩で持つことが出来るんだと知って微生物に決断しました。

 

友人の8割は大学院に進むので自分も進学とやや行き当たりばったりながらそれなりに充実した学生生活を送っていました。

 

微生物の研究では、どんな培養液や温度その他条件なら元気に増殖するのかと連日徹夜で向き合ってました。

微生物って人間よりははるかにシンプルなツクリで、それが故、全く同じ培養条件だと思ってやっていてもほんの些細なことで微妙に増殖スピードなどの挙動違ってくるんです。

で、こういった培養条件という刺激に対する反応って、人でも通じるところがある。実はここからカウンセリングのポイントとして学んだことも多いです。

 

さて、いよいよ始まった就職活動では、かなり多くの企業を回り、食品メーカーの理系職と、色んな業界の文系職を半々くらいを見ていました。

両方の内定を頂いて悩んだのですが、最終的には、「自然の恵みをおいしく楽しく消費者に届ける」という企業理念と商材を扱う食品メーカーの研究職として社会人を出発することを決意しました。

 

人工物や化学の力でおいしさや健康を創り出すのも尊いし効果的ですが、自分はメカニズムの詳細は解っていなくても自然の恵みを健康と元気に換えていこうという志向の会社でこれまで学んできた知識を発揮して活躍できればと考えでした。

ただ研究職に就いたことについては他方では、新卒の今だからこそ就ける職種に就こうという、今思うと打算の部分も自分の中にあることも薄々感じていました。

 

 

モノづくり、インドでの仕事に向き合いきることで見えてきた本当の自分

 

入社して2,3年目のことです。

友人の結婚式出席のため大学6年間を過ごした京都に帰ったのですが、その時たまたま入った本屋で偶然『自分に気づく心理学』(加藤諦三[著])という本の平積みに目に留まりました。

なんとなく気になって手に取り購入し、そのまま向かいにあったスターバックスで腰を落ち着けて読むことに。すると、あっという驚きに始まり、見る見る引き込まれて1時間で一気読みすることになりました。

 

そこに書いてあったことの殆んど全部が自分に当てはまるかもしれないということばかり。興奮と衝撃に包まれてあっという間に読み終えたという感じです。

 

その本が言っていたのは、いくらがんばっても何かうまくいっていないと感じる人は、一度、今感じている(と思っている)感情が本当に感じているものか疑ってみることに価値があるかもしれないよ、というメッセージ。

いわゆる「自己不在」について教えている本で、いま感じている苦しさやもどかしさは、実は自分のやりたいことを自分自身で理解していないからだと。

また例えば感謝を強いられている誰かの存在が、自分にとって実は恐怖の対象の可能性がある、といった内容でした。

 

僕の場合、その恐怖の対象は実は母親なんじゃないか、、いやいやそんなはずはない、、でももし仮にそうだとすると、、と恐々思考を進めていくと、今までうまくいかなかったことがなんとどんどんつじつまがあってくる感じがし始めました。

信じたくないけど少しずつ確信に近づく感じがし、いろいろ手応えが出てきました。時間はかかりましたが徐々に世の中が鮮やかに見えてきたのもこのころです。

 

そんな気持ちを味わって過ごしつつ入社5年ほど経過したころ、昔から人の話を聞くこと楽しかった自分には気づいていたので、あくまでも趣味のひとつ!と割り切って産業カウンセラーの養成講座に申し込み、1年実践的なトレーニングを新たな仲間とともに無事資格を取得しました。

 

そこから社会人の相談に乗り始めているうちにこれを仕事にするのも面白そうだなと思いはじめたタイミングで異動の辞令が届きました。新しい仕事は……なんとインド! インドでニンジンのジャムを作ることになったのです。

 

海外業務にはもともと手を挙げていましたし、インドに旅行に行ってもお腹を壊すことなく帰ってきたのを社内の人が知っていたので、「山本はインド耐性がある」ということになったみたいです(笑)。

 

当時の会社は、インド未進出、ジャムづくりのノウハウも両方がない状態で、すべてがゼロからのスタートでした。最初はガムシャラに「栄養失調で失明してしまう赤ちゃんに栄養を届けるため」にビタミンAが豊富なニンジンジャムを作るというミッションに取り組み始めました。

しかし、いつの間にやら事業開発目的やターゲットがズレていきました。赤ちゃんを救うのではなくいかに収益を上げるかという点にシフトしていってしまったのに違和感をおぼえ……。

モノづくりに夢中になれる人にはヨダレが出るほどワクワクする環境だったと思いますが、自分のモチベーションとパワーは上がりませんでした。結果として体調を崩しがちになりました

 

CANよりもWILLを大事にして生きること

 

体調を崩してしまったこのタイミングで、転職エージェントと面談をしました。「人材系企業をとりあえず1社受けてみたい」と。

 

なかなかないですよと言われたのですが、じゃあ出たら教えて下さい!と。

 

すると2週間後に1票だけ新たな求人が。これはなかなか難しい求人ですよと言われましたが挑戦してみたい。。


それが結実し、人材系企業リクルートキャリアの新卒関連の事業にジョインすることになりました。

実は自分はモノづくりよりも、何かと何か、誰かと誰かを結びつけるマッチングに興味があるのではないか、という予感がありました。

周囲の人の殆んどからは、やめといた方がよいのでは?という反応でしたが、淡いながらも自分の中にある予感があり、それを確認するために安定した勤め仕事から踏み出した自分にはとって大きな大きな決断でした。

 

そこから転身して4年。

その予感はやはり逃げではなく、「合ってたんだ」と日々感じています。

どちらの仕事も間違いなく尊いものなのですが、自分はモノ作りよりもマッチング、研究よりもコンサルティング・営業の方が楽しいということを日々確認しています。

 

出来るか出来ないかではなく、やりたいかやりたくないか。

 

リクルート風に表現すると、CANとWILL。

 

そして、この二つでは、間違いなくCANよりもWILLを大事にして仕事を選んだ方が力がでることを感じています。

自身もそうですし、今の仕事で見ている多くの企業様でもやっぱりそれは漏れなく同じだと感じています

 

 

主体的に動くこと。それ自体が価値となる

 

現在は企業の新卒採用・入社後立ち上がり支援と並行して、就職活動中にOB訪問先を探している学生と、学生と話したい、話してもいいよという社会人をつなげるマッチングサービス『Matcher(マッチャー)』などを使い学生との面談の機会を多く頂いています。

 

企業人事の方と「どんな人材が採りたいのか」「最近の若手って」ということをよりリアリティーをもって議論出るようになっています。

“いまの学生”がどんなことを考えているのかを知る機会を自ら創出できたのが大きかったですね。

 


昔からカウンセリングをやってみたい想いはあったんですが、自分でそういう場づくりはできない、うまくいかなかったらどうしようと尻込みしていたので、思い切って飛び込んでみて本当によかった


今後はこれらを並走しながら、自分なりのパラレルキャリアを築いていきたいと考えています。

具体的にいうと、大手学習塾から独立した友達と「塾の空き時間に親向けの心理育児セミナーを開けないかな」なんて計画を進めているところです。

友達とは産業カウンセラーを通じて知り合ったんですが、新しい集客チャネルを生み出そうと情報交換をするようになったのが発端です。人との出会いからビジネスが発展していくのが面白いですね。


私の場合、自分が感じていること、思っていること、考えていること、それらを話してみることに大きな価値があるということに、産業カウンセラー講座や人との出会いの中で気づかせてもらってきました。それを今度は周りの人にも提供したい。


世の中にはやりたいことがすでに明確な人もいれば、まだ気づいていない人もいます。そして、やりたいことを持っているフリをしてなんだか辛い人も、無理やり生み出そうと苦しんでいる人も、まだ気付きたくないと必死に隠している人もいます。


本業でのサービス企画もそうですし、カウンセラーという「その人の今を映す鏡になる」という役割で私がお話を聴くことで、多くの方の“気づき・咀嚼・昇華”のきっかけになれればと考えています